- 歌の意味
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七夕は今まさに別れるのだろうか。天の川に河霧が立って、千鳥が鳴いているようだ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 327
詞書「中納言兼輔家屏風に」
七夕の一連を締めくくる歌である。別れの時を、河霧と千鳥という地上の景物によって推し量る。詞書によれば中納言兼輔の家の屏風歌である。
作者の紀貫之は本巻では第三百十三首に続く二度目の登場となる。屏風の主である藤原兼輔(八七七〜九三三)は中納言に至り、賀茂川の堤に邸を構えたことから堤中納言と呼ばれた。紫式部の曽祖父にあたる。巻第九の第八百六十二首にも歌が採られている。
場面は七月八日の明け方、場所は天上である。
直接の契機は屏風歌としての詠進である。
初句「七夕は」で織女が示される。
二句「今や別るる」の「や」は疑問の係助詞で、今まさに別れるのだろうか、の意になる。前歌が別れの袖の露を詠んだのに続き、この歌はその瞬間を推し量る。
三句「天の河」で場所が定まる。
四句「河霧立ちて」の「河霧」は川面に立つ霧である。霧は秋の景物であり、地上の川に立つものであるが、それが天の川にも立つとされる。第三百二十一首が天の川に河原を認めたのと同じく、地上の地形と気象が天上に移されている。
結句「千鳥鳴くなり」の「なり」は伝聞推定の助動詞で、声によって判断していることを示す。千鳥も川辺の鳥であり、天の川を地上の川と同じものとして扱っている。姿は見えず、霧と鳥の声だけによって別れを知るという構成で、七夕の一連が直接には描かれない別れによって閉じられる。
かはぎり:川面に立つ霧
ちどり:川や海の岸辺に群れる鳥
なり:伝聞推定の助動詞
- 作者
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紀貫之
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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