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薄霧の籬の花の朝しめり
秋は夕べと誰か言ひけん

歌の意味
薄霧のかかる籬の花の、朝の湿り気よ。秋は夕暮がよいと、いったい誰が言ったのだろう。
鑑賞
巻第四 秋歌上 340

詞書「崇徳院に百首歌たてまつりける時」
 秋の朝の趣を詠み、秋は夕暮という通念を退ける。詞書によれば崇徳院に詠進した百首歌の折の一首で、久安六年に成立した久安百首を指す。第三百一首も同じ百首の詠である。
 作者の「清輔朝臣」は藤原清輔である。藤原顕輔の子で、六条藤家の歌学を受け継ぎ、『袋草紙』『奥義抄』を著した。巻第一では第三十四首、巻第三では第二百六十四首に現れた。
 場面は秋の朝、場所は籬をめぐらせた庭である。
 直接の契機は百首歌の詠進である。

 初句「薄霧の」は薄くかかる霧をいう。霧は秋の景物で、第三百二首
第三百二十七首でも用いられた。
 二句「籬の花の」の「籬」は竹や柴を粗く編んだ垣をいう。巻第三の第二百七十五首の高倉院歌でも用いられた語である。
 三句「朝しめり」は朝の湿り気をいう。霧に濡れた花の、しっとりとした様子である。ここまでが景で、下の句で議論に転じる。
 四句
五句「秋は夕べと誰か言ひけん」の「か」は疑問の係助詞、「けん」は過去推量の助動詞である。秋は夕暮がよいという通念は『枕草子』以来広く共有されていたもので、巻第二の第三十六首の後鳥羽院歌が「夕べは秋となに思ひけん」と、春の夕暮を賞美する形で同じ通念を退けていた。この歌はそれを秋の朝の側から退けており、同じ通念に対する二つの反論が本集に並んでいることになる。

うすぎり:薄くかかる霧
まがき:竹や柴を粗く編んだ垣
あさしめり:朝の湿り気
作者
藤原清輔
出典
新古今和歌集
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