- 歌の意味
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牡鹿の入っていく野の薄、その初尾花を、いつになったら妹の手枕とすることができるだろう。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 346
詞書は前の歌に続き「題しらず」
ここから薄を詠む一連が始まる。この歌は穂の出はじめた薄を、妹の手枕になぞらえる。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の歌人で、『万葉集』を代表する歌人である。本巻では第三百三十三首に続く二度目の登場となる。
場面は秋、場所は薄の生える野である。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
薄は穂を出すと尾花と呼ばれ、その形から獣の尾や人の手に見立てて詠まれた。
初句「さを鹿の」の「さ」は接頭語、「を鹿」は牡鹿をいう。第三百三十四首の家持歌でも用いられた語である。
二句「入る野の薄」は、鹿が入っていく野の薄、の意である。
三句「初尾花」は薄の穂が出はじめたものをいう。「初」はその年に初めての、の意で、巻第一の第八十五首、巻第三の第百九十首でも用いられた。
四句「いつしか妹が」の「いつしか」は、いつになったら、早く、の意である。第二百八十六首の崇徳院歌では、いつのまにか、の意で用いられていた。
結句「手枕にせん」の「手枕」は腕を枕とすることをいう。穂の柔らかさから連想して、逢瀬を願う心が述べられる。秋草の歌に恋の心を重ねる型であり、第三百三十六首以来の女郎花の一連とも通じる。
さをしか:牡鹿。「さ」は接頭語
はつをばな:薄の穂が出はじめたもの
いつしか:いつになったら。早く
たまくら:腕を枕とすること
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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