身のほどを思ひつづくる夕暮の
荻のうは葉に風渡るなり
- 歌の意味
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我が身の程を思い続けている夕暮の、荻の上葉に風が渡っていくようだ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 353
詞書「崇徳院御時百首歌めしけるに荻を」
荻の上葉の二首目である。前歌が思いを草に置いたのに続き、この歌は身の程を思ううちに風が渡ると詠む。詞書によれば崇徳院の御代に召された百首歌で、荻を題としたものである。
作者の「大蔵卿行宗」は源行宗(一〇六四〜一一四四)である。大蔵卿を務めた。巻第九の第八百九十四首にも歌が採られている。
場面は秋の夕暮、場所は荻の生えるあたりである。
直接の契機は「荻」の題による詠である。
初句「身のほどを」は、我が身の程度、境遇をいう。前歌の「身にとまる」と同じく「身」から始まり、二首が語を共有している。
二句「思ひつづくる」は、思い続ける、の意である。「つづく」は途切れずに続く意で、下の風の渡るさまとも通う。
三句「夕暮の」で時刻が示される。第三百三首の具平親王歌、第三百四首の実定歌も夕暮の荻を詠んでおり、この巻では荻と夕暮が結び付けられている。
四句「荻のうは葉に」は前歌と同じ語である。
結句「風渡るなり」の「なり」は伝聞推定の助動詞で、音によって判断していることを表す。思いにふけっているところへ、外から風の音が入ってくるという構成であり、内と外が音によってつながれている。
みのほど:我が身の程度。境遇
うはば:葉の上のほう
なり:伝聞推定の助動詞
- 作者
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源行宗
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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