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暮れかかるむなしき空の秋を見て
おぼえずたまる袖の露かな

歌の意味
暮れかかる何もない空の秋を見て、知らぬうちに袖に溜まる露であることだ。
鑑賞
巻第四 秋歌上 358

詞書「題しらず」
 秋の夕暮の二首目である。何もない空を見ているだけで涙が溜まると詠む。原文では作者名が改めて記されておらず、前の歌と同じ作者が続くことを示している。
 作者は前歌に続いて藤原良経である。
 場面は秋の夕暮、場所は特定されない。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。

 初句「暮れかかる」は、今にも暮れようとする、の意である。巻第二の第百七十三首の宮内卿歌でも「春暮れかかる」と用いられていた。
 二句「むなしき空の」の「むなし」は何もない、空虚である、の意である。巻第二の第百四十七首
第百四十九首でも「空しき枝」「空しき空」と用いられており、花の去った後の景に使われた語が、ここでは秋の空に用いられている。
 三句「秋を見て」は、空に現れた秋を見て、の意である。何もない空を見ているだけであることが示される。
 四句「おぼえずたまる」の「おぼえず」は、知らないうちに、の意である。意識せぬまま涙が溜まることになる。
 結句「袖の露かな」は体言止めである。袖に置く露は涙であり、第二百九十四首
第三百十二首でも用いられた語である。見るべきものが何もないのに涙が出るという構成で、第三百五十五首の「音ぞ悲しき」と同じく、理由を欠いた感情が主題となっている。

くれかかる:今にも暮れようとする
むなし:何もない。空虚である
おぼえず:知らないうちに
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
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