物思はでかかる露やは袖に置く
眺めてけりな秋の夕暮
- 歌の意味
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物思いもせずに、このような露が袖に置くだろうか。眺めてしまったのだなあ、秋の夕暮を。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 359
詞書「家に百首歌合し侍りけるに」
秋の夕暮の三首目である。前歌が知らぬうちに涙が溜まったと詠んだのに続き、この歌はその理由を自ら問い返す。詞書によれば自邸で百首歌合を催した折の一首である。原文では作者名が改めて記されていない。
作者は前歌に続いて藤原良経である。巻第一の第二十三首
第三十七首、巻第三の第二百五十一首の詞書に見える「家百首歌合」も同じ催しである。
場面は秋の夕暮、場所は特定されない。
直接の契機は百首歌合の詠出である。
初句「物思はで」の「で」は打消の接続助詞で、物思いもしないで、の意になる。
二句「かかる露やは」の「やは」は反語の係助詞である。物思いなしにこのような露が置くだろうか、いや置くはずがない、という意になる。
三句「袖に置く」で結びとなる。第三百五十八首の「袖の露」を受ける語であり、二首が同じ露を扱う。
四句「眺めてけりな」の「眺む」は物思いにふけって見る意で、「けり」に詠嘆の終助詞「な」が添えられる。眺めてしまったのだなあ、という気づきである。
結句「秋の夕暮」は体言止めである。前歌が原因を知らぬままであったのに対し、この歌は反語によって原因を突き止め、夕暮を眺めたことがそれだと結論する。二首が問題と答えの形で並べられている。
で:打消を表す接続助詞。〜ないで
やは:反語を表す係助詞
ながむ:物思いにふけって見る
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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