心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮
- 歌の意味
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情趣を解さぬ身にも、しみじみとした思いは自然と知られるのだった。鴫の飛び立つ沢の、秋の夕暮よ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 362
詞書は前の歌に続き「題しらず」
秋の夕暮の六首目で、三夕の歌の二首目にあたる。原文では詞書が改めて記されていない。
作者の西行法師は俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが二十三歳で出家した。巻第一では第七首ほか、巻第二では第百二十六首、巻第三では第二百十七首ほか、本巻では第二百九十九首
第三百首に現れた。
場面は秋の夕暮、場所は鴫のいる沢である。鴫は水辺の鳥で、秋に多く見られる。
詠まれた直接の契機は伝わらない。
この歌は西行の代表作として最も広く知られるものの一つである。
初句「心なき」は、情趣を解する心をもたない、の意である。出家して世を捨てた身を指す。第二百九十九首で同じ作者が「物を思はぬ人にさへ」と詠んだのと同じ構えであり、そちらは他人、こちらは自分自身を例に立てている。
二句「身にもあはれは」の「も」は、そういう身にまでも、の含みである。「あはれ」はしみじみとした思いをいう。
三句「知られけり」の「れ」は自発の助動詞で、自然と知られる、の意になる。意志によらず心が動くことが示される。
四句「鴫立つ沢の」は、鴫が飛び立つ沢、の意である。鴫の飛び立つ羽音と、あとに残る静けさとが同時に思い浮かぶ。前歌が色のない山を挙げたのに対し、この歌は音とその後の静けさを置いている。
結句「秋の夕暮」は体言止めである。三首のうち、この歌だけが動くものを景の中に含んでいる。
こころなし:情趣を解する心をもたない
あはれ:しみじみとした思い
しぎ:水辺の鳥。秋に多く見られる
- 作者
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西行法師
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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