たへてやは思ひありともいかがせん
葎の宿の秋の夕暮
- 歌の意味
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堪えられようか、いや堪えられない。思いがあってもどうしようもない。葎の茂る宿の、秋の夕暮よ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 364
詞書「五十首歌たてまつりし時」
秋の夕暮の八首目である。三夕の三首が景によって語ったのに対し、この歌は堪えがたさを正面から述べる。詞書によれば五十首歌を詠進した折の一首である。
作者の藤原雅経は飛鳥井雅経で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。巻第一では第七十四首ほか、巻第三では第百八十四首、本巻では第二百九十八首に現れた。
場面は秋の夕暮、場所は葎の茂る荒れた家である。
直接の契機は五十首歌の詠進である。
初句「たへてやは」の「やは」は反語の係助詞である。堪えられようか、いや堪えられない、の意になる。第三百五十九首の良経歌でも「やは」が用いられており、この一連では反語がくり返される。
二句「思ひありとも」の「とも」は逆接の仮定条件である。思いがあったとしても、の意になる。
三句「いかがせん」は、どうしようもない、の意である。手立てのなさが述べられる。
四句「葎の宿の」の「葎」は蔓草の総称で、荒れた家に生い茂るものとして詠まれる。人の手が入らない住まいであることが示される。
結句「秋の夕暮」は体言止めである。三夕の三首が色や景物の不在を示したのに対し、この歌は荒れた家という具体を置いており、同じ結句を用いながら方法が異なる。
やは:反語を表す係助詞
むぐら:蔓草の総称。荒れた家に生い茂る
いかがせん:どうしようもない
- 作者
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藤原雅経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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