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ひぐらしの鳴く夕暮ぞ憂かりける
いつも尽きせぬ思ひなれども

歌の意味
ひぐらしの鳴く夕暮こそがつらいのだった。いつも尽きることのない物思いではあるけれども。
鑑賞
巻第四 秋歌上 369

詞書「題しらず」
 秋の夕暮を詠む歌の続きである。物思いは常にあるが、ひぐらしの鳴く夕暮がとりわけつらいと述べる。詞書は「題しらず」で、詠作の事情は伝わっていない。
 作者の藤原長能は平安時代中期の歌人である。本巻では第三百十六首に続く二度目の登場となる。
 場面は秋の夕暮、場所は特定されない。
 詠まれた直接の契機は伝わらない。
 ひぐらしは夏の終わりから秋にかけて朝夕に鳴く蝉で、巻第三の第二百六十八首
第二百六十九首でも詠まれた。

 初句「ひぐらしの」で対象が示される。
 二句「鳴く夕暮ぞ」の「ぞ」は係助詞で、三句の「ける」の連体形が結びとなる。夕暮を限定して取り出す形である。
 三句「憂かりける」の「憂し」はつらい、いとわしいの意である。巻第二の第百十七首の恵慶歌でも用いられた語である。
 四句「いつも尽きせぬ」は、いつも尽きることのない、の意である。物思いが常にあることが、まず認められる。
 結句「思ひなれども」の「ども」は逆接である。常にある物思いのうちで、この一時が格別につらいという言い方であり、第三百五十七首の良経歌が「思ひしことの数々に なほ色まさる」と述べたのと同じ構図である。二首とも、日頃の総量に対してこの夕暮が勝るとしている。

ひぐらし:夏の終わりから秋にかけて朝夕に鳴く蝉
うし:つらい。いとわしい
つきせず:尽きることがない
作者
藤原長能
出典
新古今和歌集
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