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風わたる浅茅が末の露にだに
宿りもはてぬ宵の稲妻

歌の意味
風の渡る浅茅の末の露にさえ、宿りきることのない、宵の稲妻よ。
鑑賞
巻第四 秋歌上 377

詞書「摂政太政大臣家百首歌合に」
 稲妻の二首目である。前歌が期待させる光として稲妻を詠んだのに対し、この歌はその短さそのものを詠む。詞書によれば良経の家で催された百首歌合の詠である。
 作者の「藤原有家朝臣」は藤原有家である。藤原重家の子で、六条藤家に属し、『新古今和歌集』の撰者の一人となった。巻第二では第五十三首ほか、巻第三では第二百六十一首に現れた。本巻ではこれが初めての登場である。
 場面は秋の宵、場所は浅茅の生える野である。
 直接の契機は百首歌合への出詠である。

 初句「風わたる」は、風が渡っていく、の意である。
 二句「浅茅が末の」の「浅茅」は丈の低い茅で、第三百四十五首の是則歌でも用いられた語である。「末」は先のほうをいい、第三百七十三首の「末さわぎ」と同じ位置を指す。
 三句「露にだに」の「だに」は、〜にさえ、の意である。露は小さく、しかも風に揺れている。そのようなものにさえ、という言い方で、下の否定が強められる。
 四句「宿りもはてぬ」の「宿る」は光が映る意、「はつ」は〜しきる意である。露に映りきらないうちに消えることになる。
 結句「宵の稲妻」は前歌と同じ結句である。二首が同じ語で結ばれている。露という最も小さく不安定なものを持ち出し、それにすら及ばない短さとして稲妻を捉えており、はかなさの度合いを競う型は、第三百四十三首の好忠歌が朝顔を露より上に置いたのと同じである。

あさぢ:丈の低い茅
だに:〜にさえ
やどる:光が映る
作者
藤原有家
出典
新古今和歌集
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