いつまでか涙曇らで月は見し
秋待ちえても秋ぞ恋しき
- 歌の意味
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いつまで涙に曇らされずに月を見ていたのだろう。秋を待ち得ても、なお秋が恋しい。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 379
詞書「百首歌たてまつりし時、月歌」
ここから月を主題とする一連が続く。この歌は、待ち得た秋がなお恋しいという逆説を詠む。詞書によれば百首歌を詠進した折の月の歌である。
作者の「前大僧正慈円」は慈円である。本巻では第三百五十二首
第三百六十首に続く三度目の登場となる。
場面は秋の夜、場所は特定されない。
直接の契機は百首歌の詠進である。
初句「いつまでか」の「か」は疑問の係助詞で、三句の「し」の連体形に係る。
二句「涙曇らで」の「で」は打消の接続助詞で、涙に曇らされずに、の意になる。涙のない目で月を見ていた時期が、過去のこととして問われる。
三句「月は見し」で問いが結ばれる。
四句「秋待ちえても」は、秋を待ち得ても、の意である。秋は待たれるものであったはずが、それを得てもなお足りない。
結句「秋ぞ恋しき」は「ぞ」の係り結びである。今まさに秋であるのに秋が恋しいという矛盾した言い方であり、目の前にあるものを慕うという形で、満たされなさが極まっている。巻第三の第百九十九首の有仁歌が、時鳥を聞いた後もなお眠れないと詠んだのと同じ、目的を得ても状態が変わらないという型である。
で:打消を表す接続助詞。〜ないで
まちう:待ち得る。待った末に得る
こひし:慕わしい。恋しい
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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