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月見れば思ひぞあへぬ山高み
いづれの年の雪にかあるらん

歌の意味
月を見ると思いきることができない。山が高いので、あの白さはいったいどの年の雪なのだろう。
鑑賞
巻第四 秋歌上 388

詞書「法性寺入道前関白太政大臣家に月歌あまたよみ侍りけるに」
 月の十三首目である。高い山に見える白さを、月の光か長年の雪かと問う。詞書によれば藤原忠通の家で月の歌を多く詠んだ折の一首である。忠通は第三百八十六首の作者である。
 作者の「大宰大弐重家」は藤原重家である。藤原顕輔の子で、六条藤家に属する。巻第三では第百八十一首に現れた。第三百七十七首の作者である藤原有家は子にあたる。
 場面は秋の夜、場所は高い山を望むところである。
 直接の契機は月の歌の詠出である。

 初句「月見れば」は確定条件である。
 二句「思ひぞあへぬ」の「あふ」は動詞に付いて〜しきる意を添え、「ぬ」は打消である。思いきることができない、の意になる。巻第三の第二百八首の八条院高倉歌でも用いられた形である。
 三句「山高み」は、山が高いので、の意で、形容詞の語幹に「み」が付いて原因を表す。巻第二の第百三十首
第百三十一首と同じ語法である。
 四句「いづれの年の」は、どの年の、の意である。高い山の雪は年を越して消えないとされ、その白さがいつの年のものかと問う形になる。
 結句「雪にかあるらん」の「か」は疑問の係助詞、「らん」は現在推量である。月の光の白さと山の雪の白さとが区別されず、そのまま問いとして残される。白いものを別の白いものと取り違える型は本集でくり返されるが、ここでは時間の問いにまで及んでいる。

あふ:動詞に付いて〜しきるの意を添える
やまたかみ:山が高いので
いづれのとし:どの年の
作者
藤原重家
出典
新古今和歌集
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