深からぬ外山の庵の寝覚めだに
さぞな木の間の月はさびしき
- 歌の意味
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深い山でもない、里近い山の庵の寝覚めでさえこうなのだから、まして深山では、木の間の月はさぞ寂しいことだろう。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 395
詞書「八月十五夜和歌所歌合に深山月といふことを」
月の二十首目である。詞書の「深山月」は、深い山の月、の意である。八月十五夜は月を賞美する夜で、その夜の歌合に出された。原文では作者名が改めて記されていない。
作者は前歌に続いて藤原良経である。
場面は八月十五夜、場所は里に近い低い山の庵である。
直接の契機は和歌所の歌合への出詠である。巻第一の第四十首の詞書に見える八月十五夜の歌合も同じ催しである。
初句「深からぬ」は、深くはない、の意である。題が「深山月」であるのに、あえて深くない山から詠み起こしている。
二句「外山の庵の」の「外山」は里に近い低い山をいい、「深山」と対をなす語である。巻第三の第二百十八首の西行歌でも用いられた。
三句「寝覚めだに」の「寝覚め」は夜中に目が覚めることで、「だに」は、〜でさえ、の意である。浅い山の寝覚めでさえこうなのだから、という譲歩が置かれる。
四句「さぞな」は、さぞかし、の意で、推量を強める語である。ここで話が深山へ移る。
結句「木の間の月はさびしき」は、木の間から見える月は寂しいことだろう、の意である。自分のいる浅い山を足がかりにして、行ったことのない深山の寂しさを推し量る構成であり、題を正面から詠まずに、そこへ至る道筋を示す作りになっている。
とやま:里に近い低い山。「深山」と対をなす
ねざめ:夜中に目が覚めること
さぞな:さぞかし。推量を強める語
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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