心あるをしまのあまの袂かな
月宿れとは濡れぬものから
- 歌の意味
-
心があるのだな、雄島の海人の袂は。月よ宿れといって濡れているのではないのに。
- 鑑賞
-
巻第四 秋歌上 399
詞書「八月十五夜和歌所歌合に海辺秋月といふことを」
ここから海辺の月を詠む歌が続く。詞書の「海辺秋月」は、海辺の秋の月、の意である。八月十五夜の歌合に出された歌である。
作者の宮内卿は後鳥羽院に仕えた女房歌人で、若くして世を去った。本巻では第三百六十五首に続く二度目の登場となる。
場面は八月十五夜、場所は陸奥国の歌枕である雄島(現在の宮城県松島町)である。
直接の契機は和歌所の歌合への出詠である。
本歌は源重之の「松島や雄島の磯にあさりせしあまの袖こそかくは濡れしか」である。巻第一の第二十八首、巻第二の第百十九首の作者である重之の歌が踏まえられている。
初句「心ある」は、心得がある、情趣を解する、の意である。第三百六十二首の西行歌の「心なき」と対をなす語である。
二句「をしまのあまの」は地名であるが、その音に「惜し」が響く。
三句「袂かな」で対象が定まる。本歌では海人の袖が涙に濡れていたが、この歌ではその袖に月が宿ることになる。
四句「月宿れとは」は、月よ宿れといって、の意である。「と」は引用である。
結句「濡れぬものから」の「ものから」は逆接を含む接続助詞で、〜であるのに、の意である。月を宿すために濡れているわけではないのに、結果として月を宿している。意図しない働きを情趣あるものとして讃える構成であり、本歌の涙の袖を、月を映す袖へ転じている。
こころあり:心得がある。情趣を解する
をしま:陸奥国の歌枕。現在の宮城県松島町
ものから:逆接を含む接続助詞。〜であるのに
- 作者
-
宮内卿
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-