身にそへる影とこそ見れ秋の月
袖にうつらぬ折しなければ
- 歌の意味
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我が身に添う光だと見るのだ。秋の月は、袖に映らない折というものがないのだから。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 410
詞書「返し」
前歌への返歌である。月に何が添うのかという問いに対し、添うのは我が身のほうだと答える。
作者の相模は平安時代中期の女房歌人である。本巻では第三百九首
第三百七十二首に続く三度目の登場となる。
場面は前歌と同じく秋の夜である。
直接の契機は、藤原範永から月の歌を贈られたことである。
初句「身にそへる」は前歌の結句「影かそふらん」の「そふ」を受ける語である。相手の用いた語をそのまま返すのは贈答歌の作法であり、巻第一の第四十九首、巻第二の第百三十六首
第百三十八首でも同じ受け方がなされていた。
二句「影とこそ見れ」は「こそ」の係り結びで、「見れ」は已然形である。月の光を、我が身に付き従う影のようなものと見る、の意になる。「影」には光の意と、身に添う影の意とが働く。
三句「秋の月」で対象が定まる。
四句「袖にうつらぬ」は、袖に映らない、の意である。袖に置く露は涙であるから、月が袖に映るのは涙があるからである。
結句「折しなければ」の「し」は強意の副助詞である。そういう時が一度もないのだから、の意になる。前歌が月の側に原因を求めたのに対し、この歌は自分の側に原因があると答えており、第三百六十六首の長明歌の「ただわれからの露」と同じ考えを、贈答の形で示している。
そふ:付き従う。加わる
かげ:光。また身に添う影
をり:時。折
- 作者
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相模
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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