行く末は空もひとつの武蔵野に
草の原より出づる月影
- 歌の意味
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行き着く先は空も地も一つに見える武蔵野で、草の原から出てくる月の光よ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 422
詞書「五十首歌たてまつりし時、野径月」
詞書の「野径月」は、野の小道の月、の意である。山のない広い野で、月が草から出るさまを詠む。
作者の「摂政太政大臣」は藤原良経である。本巻では第四百十八首
第四百十九首に続く登場となる。
場面は秋の夜、場所は武蔵国の武蔵野である。第三百七十八首の通光歌でも詠まれた地である。
直接の契機は五十首歌の詠進である。
この歌は良経の代表作の一つとして広く知られる。
初句「行く末は」は、行き着く先は、の意である。第三百七十八首が「末に吹くらん」と野の果てを問うたのに対し、この歌は果てまで見通している。
二句「空もひとつの」は、空も地も一つになる、の意である。遮るものがないため、地平線で空と野の境が消える。
三句「武蔵野に」で場所が定まる。
四句「草の原より」は、草の原から、の意である。月は山の端から出るのが常であるが、山のない武蔵野では草から出ることになる。歌の約束である「山の端」を、地形によって置き換えている。
結句「出づる月影」は体言止めである。広さを述べるのに景物を並べず、月の出る場所が変わるという一点で示しており、平明な語のうちに大きな空間が収められている。
ゆくすゑ:行き着く先
むさしの:武蔵国の野。広大な野として詠まれた
くさのはら:草の生い茂る原
- 作者
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藤原良経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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