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深山辺の松の梢を渡るなり
嵐に宿すさを鹿の声

歌の意味
深い山のあたりの松の梢を渡ってゆくようだ。嵐に身を託して運ばれてくる、さ牡鹿の声は。
鑑賞
巻第五 秋歌下 442

詞書「百首歌奉りし時、秋の歌」
 鹿を詠む一連の六首目である。嵐に乗った鹿の声が、深山の松の梢を渡ってゆくように聞こえる。詞書によれば、百首歌の秋の歌として詠まれた。
 作者は高倉天皇の皇子で、後鳥羽院の兄にあたる。
 場面は嵐の吹く秋、場所は深山のあたりの松林である。
 直接の契機は、正治二年(1200)の後鳥羽院初度百首への詠進である。

 初句「深山辺の」は、深い山のあたりの、の意である。
 二句「松の梢を」で、声の通り道となる松の枝先が示される。
 三句「渡るなり」の「なり」は、音にもとづく推定の助動詞である。主語は結句の「さを鹿の声」で、倒置となっている。声が梢から梢へ移ってゆくように聞こえるさまを表す。
 四句「嵐に宿す」は、鹿が自らの声を嵐に宿らせる、の意で、声が嵐と一体になって運ばれるさまを擬人的に言う。本巻の第四百三十八首の山おろしに乗って聞こえる声を、さらに動きのあるものとして描いている。
 結句「さを鹿の声」は体言止めで、第四百三十九首、第四百四十四首と同じ結句である。とりわけ第四百四十四首は、嵐に乗って来た声が嵐のゆるみとともに尾上へ帰ってゆくさまを詠み、本歌の行く声と、そちらの帰る声とが往還の対をなす。

みやまべ:深い山のあたり
こずゑ:木の枝の先
やどす:身を寄せさせる。ここでは声を嵐に乗せる意
作者
惟明親王
出典
新古今和歌集
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