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我ならぬ人もあはれやまさるらん
鹿鳴く山の秋の夕暮

歌の意味
私ではない人も、しみじみとした思いがいっそう募るのだろうか。鹿の鳴く山の、秋の夕暮には。
鑑賞
巻第五 秋歌下 443

詞書「晩聞鹿といふことをよみ侍りし」
 鹿を詠む一連の七首目である。鹿の鳴く山の秋の夕暮には、自分以外の人もしみじみとした思いが募るのだろうかと詠む。詞書によれば、「晩に鹿を聞く」を題として詠まれた。
 作者は村上源氏の久我雅通の子で、内大臣に至り、土御門の邸宅にちなんで土御門内大臣と呼ばれた。後鳥羽院の近臣として権勢をふるい、和歌所の寄人も務めた。
 場面は秋の夕暮、場所は鹿の鳴く山である。
 直接の契機は「晩聞鹿」の題による詠である。

 初句「我ならぬ」は、自分ではない、の意である。
 二句「人もあはれや」の「も」は、自分と同じように他の人も、という含みをもつ。「あはれ」はしみじみと心に感じる情趣で、「や」は疑問の係助詞である。
 三句「まさるらん」の「まさる」はいっそう募る意で、「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形として「や」と係り結びをなす。自分の感慨の深さを、他の人に及ぼして推し量る形で表し、自らの「あはれ」の強さを間接に示している。
 四句「鹿鳴く山の」で、題の「聞鹿」が示される。
 結句「秋の夕暮」は体言止めで、題の「晩」にあたる。情趣の極まる秋の夕暮に鹿の声を置いて一首を結ぶ。本巻の第四百三十八首から第四百四十二首までの夜や風の中の鹿から、第四百三十七首と同じ夕暮の鹿へ立ち返っている。同じ結句は第四百九十一首にも用いられ、そちらでは霧によって同じ時の情趣を描いている。

まさる:いっそう募る、程度が増す
作者
源通親
出典
新古今和歌集
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