立田山梢まばらになるままに
深くも鹿のそよぐなるかな
- 歌の意味
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立田山の梢が葉を落としてまばらになるにつれて、山の奥深くで鹿が落ち葉を踏んでそよぐ音が聞こえることだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 451
詞書「題しらず」
鹿を詠む一連の十五首目である。立田山の梢の葉が落ちてまばらになるにつれ、奥深くにいる鹿の立てる音までが聞こえるようになる。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は源俊頼の子で、東大寺の僧となり、京の白川の自坊を歌林苑と称して多くの歌人を集め、歌会を催した。
場面は木々の葉が落ちてゆく晩秋、場所は立田山である。立田山は大和国の歌枕で、紅葉の名所として知られる。
直接の契機は伝わらない。
初句「立田山」は、紅葉の名所として詠まれる歌枕である。紅葉の盛りではなく、その後の景が詠まれる。
二句「梢まばらに」は、枝先の葉が散って、木々がまばらになるさまである。
三句「なるままに」は、…するにつれて、の意で、落葉が進んでゆく時の経過を示す。本巻の第四百三十七首「下紅葉かつ散る」から、葉が落ちきろうとする景へと移っている。
四句「深くも鹿の」の「深く」は、山の奥深く、の意である。葉が落ちて見通しがよくなったため、奥にいる鹿の気配までが届く。第四百三十九首「深山に深き」と同じく、鹿を山の奥に置いている。
結句「そよぐなるかな」の「そよぐ」は、落ち葉などがかさかさと音を立てること、「なる」は音にもとづく推定の助動詞「なり」の連体形、「かな」は詠嘆の終助詞である。これまでの一連が鹿の鳴く声を詠んできたのに対し、本歌は鹿の動く音を聞く点で変化をつけている。第四百四十一首で鹿の姿を尋ねても秋風が吹くばかりであったのと同じく、姿は見えず、音によって鹿がとらえられている。
こずゑ:木の枝の先
そよぐ:草木の葉などが触れ合って音を立てる
- 作者
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俊恵
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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