刈りて干す山田の稲は袖ひちて
植ゑし早苗と見えずもあるかな
- 歌の意味
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刈って干している山田の稲は、袖を濡らして植えたあの早苗だとは見えないことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 460
詞書は前の歌に続き「題しらず」
秋の田と秋の寒さを詠む一連の八首目で、一連の最後の歌である。刈って干す山田の稲は、袖を濡らして植えた早苗とは思えないほど変わったと詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は平安前期の歌人で、古今集の撰者の一人である。土佐守を務め、『土佐日記』を著した。
場面は秋の刈り入れの後、場所は稲を刈って干している山田である。
直接の契機は伝わらない。
初句「刈りて干す」は、刈り取った稲を干している、の意で、刈り入れの後の景を示す。
二句「山田の稲は」で、題材となる山田の稲が示される。
三句「袖ひちて」の「ひつ」は、水につかって濡れる意で、田植えのときに袖を濡らして苗を植えたことを言う。第四百五十四首の露に濡れる袖とは異なり、田植えの水に濡れた袖が思い起こされる。
四句「植ゑし早苗と」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、かつて植えた早苗を振り返る。「早苗」は苗代から田に移し植える若い苗である。
結句「見えずもあるかな」の「も」は強意、「かな」は詠嘆の終助詞で、同じ稲とは見えないことへの感慨を表す。青い早苗から黄に熟して刈り干される稲への変化によって、夏から秋への時の移りが示される。第四百五十六首が「植ゑし田」と刈り入れ、雁の声によって季節の移りを詠んだのと同じく、植えた時と刈る時とを対比する歌で、秋の田の一連を結ぶ。次の第四百六十一首からは露の歌群に移る。
ひつ:水につかって濡れる
さなへ:苗代から田に移し植える稲の若い苗
- 作者
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紀貫之
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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