- 歌の意味
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草の葉の上では玉のように見えながら、嘆き暮らす人の袖にかかっては涙となる、秋の白露よ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 461
詞書は前の歌に続き「題しらず」
露を詠む一連の一首目である。秋の白露は草葉の上では玉と見えるが、わび人の袖にかかれば涙であると詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は菅原是善の子で、右大臣に至ったが、大宰権帥に左遷されて配所で没した。のちに太政大臣を追贈されたため、菅贈太政大臣と呼ばれる。
場面は秋、場所は白露の置く草葉と、わび人の袖である。
直接の契機は伝わらない。
初句「草葉には」の「は」は、他と区別して示す係助詞で、草葉の上では、の意となり、四句の「袖」と対比される。
二句「玉と見えつつ」の「玉」は美しい宝玉で、露を玉に見立てる。「つつ」は、…ながら、の意で、玉と見えながら一方では、という続き方を示す。
三句「わび人の」の「わび人」は、思うにまかせず嘆き暮らす人である。
四句「袖の涙の」で、同じ露が、わび人の袖の上では涙に見立てられる。前歌の第四百六十首の田植えに濡れた袖から、涙に濡れる袖へと転じている。
結句「秋の白露」は体言止めで、見立ての対象を最後に示して一首を結ぶ。草葉の上の玉と袖の上の涙という、置かれる場所による露の二つの見え方を対比し、秋の露に人の悲しみを重ねている。第四百四十六首では萩の露に鹿の涙が重ねられたが、本歌では人の涙として詠まれる。露の一連の冒頭に置かれ、袖の露と物思いとの結び付きは第四百六十九首「物思ふ袖より露やならひけん」、第四百七十首「露は袖に物思ふころはさぞな置く」でさらに理屈として問い直される。
わびびと:思うにまかせず嘆き暮らす人
しらつゆ:白く光って見える露
- 作者
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菅原道真
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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