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物思ふ袖より露や習ひけん
秋風吹けば堪へぬものとは

歌の意味
秋風が吹くとこらえきれずにこぼれるものだということを、露は物思いに沈む人の袖から見習ったのだろうか。
鑑賞
巻第五 秋歌下 469

詞書「百首歌奉りし時」
 露を詠む一連の九首目である。秋風が吹けばこらえきれずにこぼれるということを、露は物思う人の袖から習ったのかと問う。詞書によれば、百首歌の中の一首として詠まれた。
 作者は俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥にあたり、その猶子となった。新古今集の撰者に任ぜられたが、撰進を見ずに没した。
 場面は秋風の吹く秋、場所は露の置く野と、物思う人の袖である。
 直接の契機は、正治二年(1200)の後鳥羽院初度百首への詠進である。

 初句「物思ふ」は、恋などの物思いに沈む、の意である。
 二句「袖より露や」の「より」は、…から、の意で、露が習った相手が物思う人の袖であることを示す。「や」は疑問の係助詞である。第四百六十一首で露がわび人の袖の涙に見立てられたのを受けている。
 三句「習ひけん」の「けん」は過去推量の助動詞「けむ」の連体形で、「や」と係り結びをなす。ここで句が切れる。
 四句「秋風吹けば」は、已然形に「ば」が付いた形で、秋風が吹くと、の意である。
 結句「堪へぬものとは」は、倒置によって露が習った内容を最後に置く。秋風に吹かれてこらえきれずにこぼれる露のさまを、物思いにこらえきれず涙をこぼす袖から学んだものかと問う。袖の涙を露に見立てる通念を裏返し、露の方が袖に倣ったとする逆転の理屈に眼目がある。次歌の第四百七十首は「秋のならひ」の語を受けて、物思うころの袖の露は秋に限らないと応じており、二首が「ならふ」「ならひ」の語でつながる。

ものおもふ:思い悩む、物思いに沈む
ならふ:見習う、倣う
たふ:こらえる、我慢する
作者
寂蓮
出典
新古今和歌集
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