露は袖に物思ふころはさぞな置く
かならず秋のならひならねど
- 歌の意味
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物思いをしているころには、露は袖にさぞかし置くことだ。露が置くのは、必ずしも秋の習いというわけではないけれど。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 470
詞書「秋の歌の中に」
露を詠む一連の十首目である。物思うころには露が袖にさぞ置くものだ、それは必ずしも秋の習いではないが、と詠む。詞書によれば、秋の歌の中の一首として詠まれた。
作者は高倉天皇の皇子で、譲位後に院政をしき、和歌所を置いて新古今集の撰集を命じた。承久の乱に敗れて隠岐に配流された。
場面は物思いに沈むころ、場所は露の置く袖である。
直接の契機は秋の歌の詠作であるが、詞書に詠まれた場や年次は記されていない。
初句「露は袖に」は、露は袖に、の意で、六音の字余りとなっている。露の置く場所を草葉ではなく袖と定めている。
二句「物思ふころは」の「は」は、他と区別して示す係助詞で、物思いをしているころには、と時を限る。
三句「さぞな置く」の「さぞな」は、さぞかし、きっと、の意で、露が袖に置くことを強く推し量る。ここで句が切れる。
四句「かならず秋の」は、結句の「ならねど」と呼応して、必ずしも秋の…ではない、の意を表す。
結句「ならひならねど」の「ならひ」は習わし、「ど」は逆接の接続助詞で、倒置によって三句に続く。露は秋に置くものという通念に対し、物思いの涙としての袖の露は季節を問わないと、理屈を差し向けている。前歌の第四百六十九首が露は物思う袖から習ったのかと問うたのを受け、「ならひ」の語で応じて、袖の露を秋の習わしから切り離している。
ものおもふ:思い悩む、物思いに沈む
ならひ:習わし、決まったこと
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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