- 歌の意味
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衣を打つ音の聞こえる山の庵で、柴ではないが、しばしばもたどったことのない夢路に向かって手枕を結ぶことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 477
詞書「千五百番歌合に、秋歌」
擣衣を詠む一連の三首目である。衣を打つ音の響く山の庵で、めったにたどれない夢路を求めて手枕を結ぶと詠む。詞書によれば、千五百番歌合の秋の歌として詠まれた。
作者は藤原実宗の子で、のちに太政大臣に至り、西園寺家の祖となった。
場面は秋の夜、場所は衣を打つ音の聞こえる山の庵である。
直接の契機は、建仁二年(1202)ごろに成立した千五百番歌合への詠進である。
初句「衣打つ」は、砧で衣を打つ、の意で、その「音」から二句の「ね」を導く。
二句「ね山の庵の」の「ね」は、衣を打つ「音」と、峰の意の「嶺」とを言い掛けたもので、「ね山」は峰の山を指す。「庵」は山中の粗末な住まいである。
三句「しばしばも」は、庵の「柴」から同音の「しばしば」を導いた言い回しで、たびたびも、の意である。
四句「知らぬ夢路に」は、下の「しばしばも」を受けて、たびたびたどったこともない夢路に、の意となる。砧の音に妨げられて、夢を見ることがめったにないことを示す。
結句「結ぶ手枕」は、腕を枕にして寝ることで、体言止めである。砧の音の響く山の庵で、めったに見られない夢を求めて手枕を結ぶ侘しさを、「音」から「ね山」、「柴」から「しばしば」と同音で次々に言葉を導く技巧によって詠んでいる。前歌の第四百七十六首が夢を幾夜も残したと詠んだのに対し、本歌は夢路そのものを知らないといい、砧の音に妨げられる眠りを一段と深めている。
ね:衣を打つ「音」と、峰の意の「嶺」を言い掛ける
しばしば:庵の「柴」から同音で導かれる語で、たびたび、の意
ゆめぢ:夢の中で行き通う道
たまくら:腕を枕にすること
- 作者
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西園寺公経
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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