秋とだに忘れんと思ふ月影を
さもあやにくに打つ衣かな
- 歌の意味
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せめて秋であることだけでも忘れようと思って眺める月の光のもとで、なんともあいにくなことに打つ衣の音であることよ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 480
詞書「千五百番歌合に」
擣衣を詠む一連の六首目である。せめて秋であることだけでも忘れて月を眺めようとするのに、あいにく衣を打つ音が秋を思い出させると詠む。詞書によれば、千五百番歌合の歌として詠まれた。
作者は藤原俊成の子で、新古今集の撰者の一人であり、のちに権中納言に至った。
場面は月の照る秋の夜、場所は砧の音の聞こえる住まいである。
直接の契機は、建仁二年(1202)ごろに成立した千五百番歌合への詠進である。
初句「秋とだに」の「だに」は、せめて…だけでも、の意の副助詞で、せめて秋であることだけでも、の意となる。
二句「忘れんと思ふ」の「ん」は意志の助動詞「む」の終止形で、忘れようと思う、の意である。秋の悲しさから逃れたいという心が示される。
三句「月影を」の「月影」は月の光で、「を」は、月の光のもとで衣を打つ、という動作の場を示す。月を眺めることで秋のもの思いを紛らわそうとしている。
四句「さもあやにくに」の「さも」は、いかにも、「あやにくに」は、意地悪く、折悪しく、の意である。
結句「打つ衣かな」の「かな」は詠嘆の終助詞である。秋の象徴である砧の音が、秋を忘れようとする心をあいにくにも呼び戻すさまを詠む。前歌の第四百七十九首では砧の音が、眠らずに月を眺めよという慰みと聞きなされたが、本歌では月を眺めて秋を忘れようとする心を妨げるものとされ、砧と月見の関係が反転している。第四百七十八首の恨みの心とも通じ合う。
わする:忘れる
つきかげ:月の光
- 作者
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藤原定家
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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