秋果つるさ夜更け方の月見れば
袖も残らず露ぞ置きける
- 歌の意味
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秋も終わろうとする夜更けの月を見ていると、袖のどこも残さず露が置いていたことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 486
詞書「九月十五夜、月くまなく侍りけるを眺め明かしてよみ侍りける」
月と秋の夜を詠む一連の一首目である。秋も終わりに近い夜更けの月を眺めていると、袖のどこも残さず露が置いていたと詠む。詞書によれば、九月十五夜の曇りない月を夜通し眺め明かして詠まれた。
作者は太政大臣藤原為光の子で、左近衛中将に至ったが、若くして没した。中古三十六歌仙の一人である。
場面は陰暦九月十五日の夜更けから明け方、場所は月を眺め明かした作者の身辺である。
直接の契機は、九月十五夜に月が曇りなく照ったのを、夜通し眺め明かしたことである。陰暦九月は秋の最後の月で、その満月は過ぎゆく秋を惜しむ思いを誘う。
初句「秋果つる」は、秋が終わろうとする、の意で、詞書の九月十五夜が秋の最後の満月であることを示す。
二句「さ夜更け方の」の「さ」は接頭語で、夜更けのころの、の意である。
三句「月見れば」は、已然形に「ば」が付いた形で、月を見ていると、の意である。前歌の第四百八十五首の冴える月を受けて、ここから月の歌に移る。
四句「袖も残らず」は、袖のどこも残すところなく、の意で、涙の露の多さを示す。
結句「露ぞ置きける」の「ぞ」は強意の係助詞で、詠嘆の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ。夜通し月を眺めるうちに、過ぎゆく秋への惜しみから流れた涙が袖一面の露となっていたことに気づく感慨である。この結句は本巻の第四百五十四首「衣手寒し露ぞ置きける」と同じで、そちらでは田守の袖に置く実際の露であったのに対し、本歌では月を眺める人の涙の露であり、同じ句が別の心で用いられている。
はつ:終わる
ながめあかす:もの思いにふけりながら見やって夜を明かす
- 作者
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藤原道信
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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