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ひとめ見し野辺の景色はうら枯れて
露のよすがに宿る月かな

歌の意味
かつて一目見た野辺の景色は葉先から枯れて、わずかに残る露をよりどころとして宿る月であることよ。
鑑賞
巻第五 秋歌下 488

詞書「摂政太政大臣大将に侍りける時、月歌五十首よませ侍りけるに」
 月と秋の夜を詠む一連の三首目である。かつて見た野辺の景色は枯れ、わずかな露をよりどころとして月が宿ると詠む。詞書によれば、藤原良経が大将であったころ、月の歌五十首を詠ませた折の一首である。
 作者は俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥にあたり、その猶子となった。新古今集の撰者に任ぜられたが、撰進を見ずに没した。
 場面は草木の枯れはじめた晩秋の夜、場所は露の残る野辺である。
 直接の契機は、藤原良経が近衛大将であったころ、歌人たちに月の歌五十首を詠ませたことである。

 初句「ひとめ見し」は、かつてひと目見た、の意で、草花の盛りであったころの野辺を思い起こす。
 二句「野辺の景色は」の「は」は、他と区別して示す係助詞で、昔見た景色を主題とする。
 三句「うら枯れて」の「うら」は草木の先端で、葉先から枯れて、の意である。盛りの野辺が衰えたことを示す。
 四句「露のよすがに」の「よすが」は、よりどころ、頼りとするもので、枯れた野に残るわずかな露を、月の宿るよりどころとする。
 結句「宿る月かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、露に映る月を、露に宿る月と擬人化して詠む。花の盛りの面影を失った野辺に、なお露を頼りに月が宿るという景に、晩秋の寂しさと月の清らかさを重ねている。前歌の第四百八十七首が月の光を霜に見立てたのに対し、本歌は月の光を露に宿らせており、露と霜という異なる景物で月を映し分けている。

うらがる:草木の葉先が枯れる
よすが:よりどころ、頼りとするもの
やどる:宿る。ここでは月の光が露に映ること
作者
寂蓮
出典
新古今和歌集
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