村雨の露もまだ干ぬ真木の葉に
霧立ちのぼる秋の夕暮
- 歌の意味
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にわか雨の露もまだ乾かない真木の葉のあたりに、霧が立ちのぼってゆく秋の夕暮よ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 491
詞書「五十首歌奉りし時」
霧を詠む一連の一首目である。村雨の露もまだ乾かない真木の葉に、霧が立ちのぼる秋の夕暮の景を詠む。詞書によれば、五十首歌の中の一首として詠まれた。
作者は俗名を藤原定長といい、藤原俊成の甥にあたり、その猶子となった。新古今集の撰者に任ぜられたが、撰進を見ずに没した。
場面は村雨の過ぎた秋の夕暮、場所は真木の茂る山である。
直接の契機は、後鳥羽院に奉った五十首歌の詠作である。
小倉百人一首に採られている。
初句「村雨の」の「村雨」は、ひとしきり激しく降ってすぐ止む雨である。
二句「露もまだ干ぬ」の「干」は、乾く意の上一段動詞「干る」の未然形、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、まだ乾かない、の意である。
三句「真木の葉に」の「真木」は、杉や檜などの常緑の良木である。巻第四の第三百六十一首の寂しさを詠んだ「真木立つ山の秋の夕暮」と同じく、真木の山の秋の夕暮を景とする。
四句「霧立ちのぼる」は、霧が下から湧き上がってゆくさまで、雨後の湿った空気が夕暮に霧となる動きを捉える。
結句「秋の夕暮」は体言止めである。雨の露、真木の葉、立ちのぼる霧と、近景から次第に広がる景を重ね、秋の夕暮の寂しさを言葉にせず景だけで示している。この結句は本巻の第四百四十三首と同じで、そちらでは鹿の声によって、本歌では霧によって、同じ秋の夕暮の情趣が描き分けられている。次歌の第四百九十二首は同じ真木を置いて朝曇りの下露を詠み、夕暮と朝の対をなす。
むらさめ:ひとしきり激しく降ってすぐ止む雨
ひる:乾く
まき:杉や檜などの常緑の良木
- 作者
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寂蓮
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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