鳴く雁の音をのみぞ聞くをぐら山
霧立ち晴るる時しなければ
- 歌の意味
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鳴く雁の声ばかりを聞いている。小倉山では霧が立ちこめて、晴れる時がないので。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 496
詞書は前の歌に続き「題しらず」
霧を詠む一連の六首目で、一連の最後の歌である。小倉山は霧の晴れる時がないので、鳴く雁の声ばかりを聞くと詠む。詞書は前の歌に続いて題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は平安前期の歌人で、清少納言の曽祖父にあたる。
場面は霧の立ちこめる秋、場所は小倉山である。小倉山は山城国の歌枕で、大堰川の北岸にある。
直接の契機は伝わらない。
初句「鳴く雁の」で、雁が詠まれる。霧の一連の結びに雁を置き、次の雁の一連へとつなぐ。
二句「音をのみぞ聞く」の「のみ」は限定、「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「聞く」で結ぶ。姿は見えず、声ばかりを聞く、の意である。ここで句が切れる。
三句「をぐら山」は、地名の「小倉山」と、薄暗い意の「小暗し」とを掛ける掛詞で、霧に閉ざされて暗い山のさまを示す。
四句「霧立ち晴るる」は、霧が立ちこめて、それが晴れる、の意である。
結句「時しなければ」の「し」は強意の副助詞で、晴れる時がないので、の意となり、倒置によって二句の理由を示す。霧のために雁の姿を見ることができず、声だけを聞く寂しさを詠む。前歌の第四百九十五首が霧に隔てられて遠方人の袖を見られないと視覚の遮りを詠んだのを受け、本歌は見えないものを声で聞く聴覚へと移り、霧の一連を閉じて雁の歌へと橋を渡している。
をぐらやま:地名の「小倉山」と、薄暗い意の「小暗し」を掛ける
はる:霧や雲が消えて晴れる
- 作者
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清原深養父
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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