入日さす麓の尾花うちなびき
誰があき風に鶉鳴くらん
- 歌の意味
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夕日の差す麓の尾花が風になびいて、誰に飽きられたための秋風の中で、鶉は鳴いているのだろう。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 513
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に」
鶉を詠む一連の二首目である。夕日の差す麓の尾花がなびく中、誰に飽きられた秋風に鶉が鳴くのだろうかと詠む。詞書は前の歌に続き、千五百番歌合の歌として詠まれた。
作者は土御門内大臣源通親の子で、のちに太政大臣に至った。
場面は秋の夕暮、場所は尾花のなびく山の麓の野である。
直接の契機は、建仁二年(1202)ごろに成立した千五百番歌合への詠進である。
初句「入日さす」は、沈んでゆく夕日が差す、の意である。
二句「麓の尾花」の「尾花」はすすきの穂である。
三句「うちなびき」の「うち」は接頭語で、尾花が風になびくさまを示し、四句の秋風を先に感じさせる。
四句「誰があき風に」の「あき」は、季節の「秋」と、人に「飽き」られる意とを掛ける掛詞で、誰に飽きられて吹く秋風に、の意となる。
結句「鶉鳴くらん」の「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、「誰が」を受ける。鶉の声を、恋人に飽きられて捨てられた者の嘆きの声と聞きなしている。前歌の第五百十二首が本歌とした深草の女の、野となったら鶉となって鳴こうという話を受けて、本歌は捨てられた者の鶉の声を、夕日と尾花の景の中に置いている。第五百十二首の荒れた里の静かな景に対し、本歌は夕日の差す野の動きのある景である。
いりひ:沈んでゆく夕日
をばな:すすきの穂
うちなびく:草木などが風になびく
あく:季節の「秋」と、人に「飽く」意を掛ける
- 作者
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源通光
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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