色変はる露をば袖に置きまよひ
うら枯れてゆく野辺の秋かな
- 歌の意味
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色の変わった露を袖に乱れ置いて、葉先から枯れてゆく野辺の秋であることよ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 516
詞書は前の歌に続き「千五百番歌合に」
暮秋を詠む一連の二首目である。色の変わった露を袖に乱れ置き、葉先から枯れてゆく野辺の秋を詠む。詞書は前の歌に続き、千五百番歌合の歌として詠まれた。
本歌には作者名が記されておらず、前歌を受けて俊成女の歌として配されている。作者は藤原俊成の孫にあたり、その養女となった。後鳥羽院に仕えた女房歌人である。
場面は草木の枯れてゆく晩秋、場所は露の置く野辺である。
直接の契機は、建仁二年(1202)ごろに成立した千五百番歌合への詠進である。
初句「色変はる」は、色の変わった、の意で、紅葉してゆく草葉の色を映した露を言う。袖に置く露としては、悲しみのために色を変えた涙をも思わせる。
二句「露をば袖に」の「をば」は、格助詞「を」に係助詞「は」が付いたもので、露を他と区別して強く示す。
三句「置きまよひ」は、露が乱れて置く意である。本巻の第四百八十七首、第五百七首でも「置きまよふ」が用いられるが、そちらが月の光を霜と見まがう意であったのに対し、本歌では袖に置き乱れる露そのものを言う。
四句「うら枯れてゆく」の「うら」は草木の先端で、葉先から枯れてゆく、の意である。第四百八十八首「野辺の景色はうら枯れて」と同じ語である。
結句「野辺の秋かな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、体言に付いて一首を結ぶ。色を変える露と枯れてゆく野辺とを重ね、衰えてゆく秋を袖の涙の思いとともに惜しんでいる。前歌の第五百十五首が訪う人の絶えた宿の道を詠んだのに対し、本歌は野辺の枯れを詠み、暮秋の寂しさを宿と野とで描き分けている。
おきまよふ:露などが乱れて置く
うらがる:草木の葉先が枯れる
- 作者
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藤原俊成女
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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