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鈴鹿川深き木の葉に日数経て
山田の原の時雨をぞ聞く

歌の意味
鈴鹿川のあたりの深く積もった木の葉を分けて日数を重ね、山田の原で時雨の音を聞くことだ。
鑑賞
巻第五 秋歌下 526

詞書「最勝四天王院の障子に、鈴鹿川描きたる所」
 紅葉を詠む一連の四首目である。深く積もった鈴鹿川の木の葉の道を日数を重ねて旅し、山田の原で時雨の音を聞くと詠む。詞書によれば、最勝四天王院の障子に鈴鹿川が描かれた所に添えた歌である。
 作者は高倉天皇の皇子で、譲位後に院政をしき、和歌所を置いて新古今集の撰集を命じた。承久の乱に敗れて隠岐に配流された。
 場面は木の葉の散り積もる晩秋、場所は伊勢国の鈴鹿川から山田の原へ向かう旅の道である。鈴鹿川と山田の原はいずれも伊勢国の歌枕である。
 直接の契機は、後鳥羽院が建立した御願寺の最勝四天王院で、諸国の名所を描いた障子に歌を添えたことである。

 初句「鈴鹿川」は、伊勢国を流れる川で、障子絵の画題を示す。
 二句「深き木の葉に」は、深く散り積もった木の葉に、の意で、晩秋の山道の景である。
 三句「日数経て」は、幾日も日を重ねて、の意で、旅の道のりの長さを示す。
 四句「山田の原の」の「山田の原」は、伊勢国の地名で、旅の行き着く先を示す。
 結句「時雨をぞ聞く」の「ぞ」は強意の係助詞で、連体形「聞く」で結ぶ。絵に描かれた鈴鹿川から、描かれていない山田の原への旅の時間を想像し、目に見える木の葉の景から、耳に聞く時雨へと転じている。前歌の第五百二十五首が時雨に色づく山を目で思いやったのに対し、本歌は時雨を音として聞いており、同じ時雨を視覚と聴覚とで描き分けている。

ひかず:日の数、日数
しやうじ:襖や衝立など、室内の仕切りに用いる建具
作者
後鳥羽院
出典
新古今和歌集
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