- 歌の意味
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飛鳥川に紅葉が流れている。葛城の山では、秋風がしきりに吹いているらしい。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 541
詞書「題しらず」
紅葉を詠む一連の十九首目である。飛鳥川に紅葉が流れているので、葛城の山では秋風がしきりに吹いているらしいと推し量る。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は飛鳥時代、持統天皇、文武天皇の朝廷に仕えた歌人である。
場面は紅葉の散る晩秋、場所は飛鳥川のほとりで、葛城の山を思いやる所である。飛鳥川と葛城山はいずれも歌枕である。
直接の契機は伝わらない。
万葉集巻十の作者未詳歌「明日香川黄葉流る葛城の山の木の葉は今し散るらし」の異伝で、四句と結句が異なる。
初句「飛鳥川」で、紅葉の流れる川が示される。
二句「紅葉葉流る」は終止形で、ここで句が切れる。目の前の川に紅葉が流れる実景を示す。
三句「葛城の」で、紅葉の散る元である遠い山を示す。
四句「山の秋風」は、葛城の山を吹く秋風である。
結句「吹きぞしくらし」の「しく」は、しきりに…する意、「ぞ」は強意の係助詞、「らし」は根拠のある推定の助動詞で、「ぞ」の結びとなる。川を流れる紅葉を根拠に、見えない山の秋風の激しさを推し量る構成で、本巻の第五百三十首、第五百三十二首と同じく川の紅葉から山の風を推す歌である。とりわけ第五百三十二首「柞の森に嵐吹くらし」とは「らし」の推定を共有する。次歌の第五百四十二首は同じ飛鳥川と葛城山を置いて、秋風を木枯らしの風に替えている。
しく:しきりに…する、たび重なる
- 作者
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柿本人麿
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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