かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれど
しかすがになほ物ぞ悲しき
- 歌の意味
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こうして暮れてゆく秋を幾たびも重ね、秋とともに年老いてしまったけれど、それでもやはり、秋の暮れはもの悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 548
詞書「暮の秋、思ふこと侍りけるころ」
秋の終わりを詠む一連の二首目である。暮れてゆく秋とともに年老いたけれど、それでもやはり秋の暮れはもの悲しいと詠む。詞書によれば、暮秋のころ、思い悩むことがあった折の作である。
本歌には作者名が記されておらず、前歌を受けて能因の歌として配されている。作者は俗名を橘永愷といい、出家して摂津国の古曽部に住み、諸国を旅して歌を詠んだ。中古三十六歌仙の一人である。
場面は秋の暮れ、場所は作者の身辺である。
直接の契機は、秋の暮れに思い悩むことがあったことである。
初句「かくしつつ」は、こうして幾たびも繰り返して、の意で、毎年秋を見送ってきた歳月を示す。
二句「暮れぬる秋と」の「と」は、…とともに、の意で、暮れてゆく秋とともに、となる。前歌の第五百四十七首の結句「秋ぞ暮れぬる」を受けて起こしている。
三句「老いぬれど」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形、「ど」は逆接で、年老いてしまったけれど、の意である。ここで句が切れる。
四句「しかすがになほ」の「しかすがに」は、そうはいうものの、「なほ」は、やはり、の意で、老いて慣れたはずの心にも変わらぬ悲しみがあることを示す。
結句「物ぞ悲しき」の「ぞ」は強意の係助詞で、形容詞「悲し」の連体形「悲しき」で結ぶ。幾たびも秋を見送り、その数だけ年を重ねて慣れたはずなのに、それでもなお秋の暮れはもの悲しいと、長い歳月を経ても変わらぬ暮秋の哀感を詠む。前歌の第五百四十七首が一つの秋の暮れを一年の時で捉えたのに対し、本歌は重ねてきた多くの秋の暮れを一生の歳月で捉えており、同じ暮秋を別の尺度で詠んでいる。
おゆ:年を取る
- 作者
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能因
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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