なべて世の惜しさに添へて惜しむかな
秋より後の秋の限りを
- 歌の意味
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世間の人が皆秋を惜しむ思いに添えて、私はなおいっそう惜しむことだ。本来の秋が過ぎた後にもう一度めぐってきた、この秋の終わりを。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 550
詞書「閏九月尽の心を」
秋の終わりを詠む一連の四首目で、一連の最後の歌であり、秋歌下の巻末歌である。世の人の秋を惜しむ思いに加えて、秋の後にもう一度来た閏九月の秋の終わりを惜しむと詠む。詞書によれば、「閏九月尽」を題として詠まれた。
作者は原文に「前太政大臣」とあるのみで、誰を指すかについて定説を見ない。前太政大臣は、太政大臣の職を退いた者の意の呼称である。
場面は閏九月の末日、場所は作者の身辺である。閏九月は、暦の調整のために九月の後に置かれたもう一つの九月で、その年は秋が一月長く続いた。
直接の契機は「閏九月尽」の題による詠である。
初句「なべて世の」の「なべて」は、一般の、すべての、の意で、世の人すべての、となる。
二句「惜しさに添へて」は、秋の終わりを惜しむ世の人々の思いに加えて、の意である。
三句「惜しむかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句が切れる。前歌の第五百四十九首「秋を惜しみ見ん」の意志を受け、実際に惜しむ心を詠嘆として示している。
四句「秋より後の」は、本来の秋である九月が過ぎた後の、の意で、閏九月を指す。
結句「秋の限りを」の「限り」は終わりで、倒置によって惜しむ対象を最後に示す。閏月によって延びた秋も、ついに尽きる日を迎えたと、一度終わった秋をもう一度惜しむ二重の惜別を詠み、秋歌下を閉じる。本巻の第四百五十二首「過ぎて行く秋」、第五百四十六首「秋は行きけれ」、第五百四十七首「秋ぞ暮れぬる」と、秋の去りゆくさまを重ねてきた巻の流れを受け、秋の最後の日で結んでいる。巻頭の第四百三十七首が紅葉の散り始める山の夕べから秋の深まりを詠み起こしたのに対し、巻末の本歌は秋の尽きる日そのものを詠み、巻頭と巻末とで秋の深まりと終わりとが呼応している。
うるふづき:暦の調整のために加えられた月
かぎり:終わり、果て
- 作者
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前太政大臣
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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