散りかかる紅葉流れぬ大井川
いづれ井堰の水のしがらみ
- 歌の意味
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散りかかる紅葉が流れもせずにとどまっている大井川よ。どれが井堰で、どれが水をせき止めるしがらみなのだろうか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 555
詞書は前の歌に続き「後冷泉院御時、上の男ども大井川にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りけるに」
落葉を詠む一連の三首目である。散りかかる紅葉が流れもせずにとどまる大井川で、どれが井堰でどれが水のしがらみなのか見分けがつかないと詠む。詞書は前歌から続き、同じ折に「紅葉浮水」の題で詠まれた歌である。
作者は民部卿源道方の子で、正二位大納言に至り、大宰権帥として任地で没した。桂大納言と呼ばれ、源俊頼の父である。
場面は紅葉の散る初冬、場所は山城国の大井川である。
直接の契機は、前歌と同じく、殿上人たちが大井川に出かけた折の「紅葉浮水」の題による詠である。
紅葉を川のしがらみに見立てる趣向には、『古今和歌集』の春道列樹の歌「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」という先例がある。
初句「散りかかる」は、上から降りかかるように散る紅葉をいう。
二句「紅葉流れぬ」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形で、流れない紅葉の意となり、三句の「大井川」へと続く。
三句「大井川」は山城国の歌枕で、嵐山の麓を流れる川である。紅葉の名所として知られ、前歌と同じ場所が詠まれている。
四句「いづれ井堰の」は、どれが井堰なのか、と問う。「井堰」は、川の水を田に引くために流れをせき止めて設けたものである。
結句「水のしがらみ」は、流れをせき止めるために杭を打ち、竹や柴を絡めたものをいい、体言止めで結ぶ。紅葉が水面を覆ってとどまるため、本来の井堰やしがらみと、紅葉のつくるしがらみとの区別がつかなくなるという見立てで、『古今和歌集』の春道列樹の歌が紅葉をしがらみと見たのを、さらに一歩進めている。本巻の第五百五十三首で紅葉が寄って流れを堰いたのを受け、ここでは紅葉そのものが川の堰となっている。
ゐせき:川の水を田に引くため、流れをせき止めて設けた堰
しがらみ:川の流れをせき止めるため、杭を打ち竹や柴を絡めたもの
- 作者
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源経信
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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