日暮るれば逢ふ人もなしまさき散る
峰の嵐の音ばかりして
- 歌の意味
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日が暮れると、行き会う人もいない。まさきの葛を散らす峰の嵐の音ばかりがして。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 557
詞書「深山落葉といへる心を」
落葉を詠む一連の五首目である。日が暮れると深山では行き会う人もなく、まさきの葛を散らす峰の嵐の音ばかりがすると詠む。詞書によれば、「深山落葉」の題で詠まれた歌である。
作者は大納言源経信の子で、白河院の命により『金葉和歌集』を撰進し、歌学書『俊頼髄脳』を著した。
場面は日の暮れ、場所は人の行き来の絶えた深山である。
直接の契機は「深山落葉」の題による詠である。
初句「日暮るれば」の「ば」は已然形に付く順接の確定条件で、日が暮れたので、の意である。
二句「逢ふ人もなし」で切れる二句切れである。深山の道で行き会う人も絶え、孤独な場が定まる。
三句「まさき散る」の「まさき」は、まさきの葛の略で、ていかかずらとされる蔓草である。紅葉した葉が冬の嵐に散るさまをいう。
四句「峰の嵐の」は、峰を吹きわたる激しい風をいう。人の気配の代わりに、風が深山を占める。
結句「音ばかりして」は、音だけがして、の意である。「して」で言いさして余情を残す。散る葉を目で見るのではなく、音によって深山の落葉を捉えており、次歌の第五百五十八首も木の葉を吹く風の音を詠んで、音によって冬を知る趣向が続く。
まさき:まさきのかづらの略で、ていかかずらとされる蔓草
- 作者
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源俊頼
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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