木の葉散る時雨やまがふ我が袖に
もろき涙の色と見るまで
- 歌の意味
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散る木の葉が時雨と入り交じっているのだろうか。わが袖に降りかかるそれが、こぼれやすい涙の紅の色と見えるほどに。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 560
詞書は前の歌に続き「春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし」
落葉を詠む一連の八首目である。散る木の葉が時雨と入り交じっているのか、わが袖の上で、こぼれやすい涙の紅の色と見えるほどであると詠む。詞書は前歌から続き、同じ春日社歌合で「落葉」の題で詠まれた歌である。
作者は内大臣源通親の子で、『新古今和歌集』の撰者の一人である。
場面は木の葉が時雨とともに散る冬、場所は明示されず、景は作者の袖の上に絞られている。
直接の契機は、前歌と同じく、元久元年(1204)の春日社歌合での「落葉」の題による詠である。
初句「木の葉散る」は前歌と同じ初句である。同じ歌合、同じ題の歌が、同じ語で始まるように並べられている。
二句「時雨やまがふ」の「まがふ」は、入り交じって見分けがつかなくなる意である。疑問の係助詞「や」を受けて連体形「まがふ」で結び、散る木の葉と時雨とが紛れているのかと推し量って、ここで切れる二句切れである。
三句「我が袖に」で、景が自身の袖の上に移る。前歌の「袖の色」を受け、この歌でも袖が歌の中心に置かれている。
四句「もろき涙の」の「もろき」は、こぼれやすい、の意である。涙もろさをいい、悲しみにすぐ流れる涙を示す。
結句「色と見るまで」は、紅の涙の色と見えるほどに、の意である。「まで」で言いさし、二句の問いへと戻る倒置の形となっている。前歌が袖の紅を嵐に気づかれないものとしたのに対し、この歌では散る木の葉の紅そのものが袖の涙の色に見えるとし、紅葉と紅涙を重ねる趣向を別の方向から詠んでいる。
まがふ:入り交じって見分けがつかなくなる
しぐれ:晩秋から初冬にかけて、降ったりやんだりする雨
- 作者
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源通具
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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