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移りゆく雲に嵐の声すなり
散るかまさきのかづらきの山

歌の意味
流れ移ってゆく雲の中に、嵐の音が聞こえる。葛城の山では、まさきの葛が散っているのだろうか。
鑑賞
巻第六 冬歌 561

詞書は前の歌に続き「春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし」
 落葉を詠む一連の九首目である。流れ移る雲の中に嵐の音が聞こえ、葛城山ではまさきの葛が散っているのだろうかと推し量る。詞書は前歌から続き、同じ春日社歌合で「落葉」の題で詠まれた歌である。
 作者は刑部卿藤原頼経の子で、蹴鞠と和歌の家である飛鳥井家の祖となった。『新古今和歌集』の撰者の一人である。
 場面は雲の流れる冬の日、場所は大和国と河内国の境にある葛城山である。
 直接の契機は、前歌と同じく、元久元年(1204)の春日社歌合での「落葉」の題による詠である。

 初句「移りゆく」は、流れて移ってゆく雲のさまをいう。
 二句「雲に嵐の」は、流れる雲の中に嵐の、の意で、嵐が雲を吹き移していることが示される。
 三句「声すなり」の「なり」は、音によって推し量る伝聞推定の助動詞である。嵐の音を「声」と表し、ここで切れる三句切れである。
 四句「散るかまさきの」の「か」は疑問を表し、散っているのか、と推し量る。「まさき」はまさきの葛で、本巻の第五百五十七首の「まさき散る」と同じ景物である。「まさきのかづら」の「かづら」が、結句の「かづらき」へと掛けられてゆく。
 結句「かづらきの山」は大和国と河内国の境にそびえる葛城山で、「まさきのかづら」と地名の「葛城」を掛ける掛詞である。体言止めで結ぶ。耳に聞く嵐の音から遠い山で散る葛を思い描く構成で、本巻の第五百五十三首や第五百五十四首と同じく、目に見えないものを推し量る趣向が続いている。

まさき:まさきのかづらの略で、ていかかずらとされる蔓草
かづらき:まさきの「かづら」の意と、地名の葛城を掛ける
作者
藤原雅経
出典
新古今和歌集
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