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初時雨信夫の山の紅葉葉を
嵐吹けとは染めずやありけん

歌の意味
初時雨は信夫山の紅葉を、嵐よ吹き散らせといって染めたのではなかっただろうに。
鑑賞
巻第六 冬歌 562

詞書は前の歌に続き「春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし」
 落葉を詠む一連の十首目である。初時雨は信夫山の紅葉を、嵐に吹き散らさせるために染めたのではなかっただろうにと、紅葉を散らす嵐を惜しむ。詞書は前歌から続き、同じ春日社歌合で「落葉」の題で詠まれた歌である。
 作者は後鳥羽院の母である七条院藤原殖子に仕えた女房である。権中納言藤原実綱の娘で、母は三河内侍である。実名は伝わらない。
 場面は初時雨ののち嵐の吹く初冬、場所は陸奥国の信夫山である。
 直接の契機は、前歌と同じく、元久元年(1204)の春日社歌合での「落葉」の題による詠である。

 初句「初時雨」は、その冬初めて降る時雨である。時雨は木の葉を紅葉に染めるものとされてきた。
 二句「信夫の山の」は陸奥国の歌枕で、今の福島市にある信夫山である。
 三句「紅葉葉を」は、初時雨によって色づいた紅葉をいう。
 四句「嵐吹けとは」は、嵐よ吹けと思って、の意である。「吹け」は命令形で、紅葉を染めた初時雨の心の中の言葉として置かれている。
 結句「染めずやありけん」は、染めたわけではなかっただろうに、の意である。疑問の係助詞「や」を受けて、過去推量の助動詞「けん」の連体形で結ぶ。時雨が染め、嵐が散らすという二つの自然の働きを対立させ、せっかく染まった紅葉を散らす嵐を惜しんでいる。前歌までの嵐が音や紛れによって捉えられていたのに対し、この歌では時雨と嵐の役割の違いに理屈を差し向けている。

はつしぐれ:その冬初めて降る時雨
作者
七条院大納言
出典
新古今和歌集
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