時しもあれ冬は葉守のかみな月
まばらになりぬ森の柏木
- 歌の意味
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ほかに時もあろうに、冬は葉を守る神のいなくなる神無月であるので、森の柏木もまばらになってしまった。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 568
詞書「題しらず」
落葉を詠む一連の十六首目である。冬は葉を守る神のいなくなる神無月であるので、森の柏木の葉もまばらになったと詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は法眼の位にあった僧である。「法眼」は法印に次ぐ僧位である。
場面は神無月、場所は柏木の立つ森である。
直接の契機は伝わらない。
柏木に葉守の神が宿るという通念は、『枕草子』に柏木について葉守の神がいらっしゃるのも畏れ多いと記されるように、古くから知られていた。
初句「時しもあれ」は、ほかに時もあろうに、よりによってこの時に、の意である。
二句「冬は葉守の」の「葉守」は、木の葉を守る神である葉守の神をいう。柏木には葉守の神が宿るとされてきた。
三句「かみな月」は陰暦十月の神無月で、「葉守の神」の「神」と「神無月」とが重なる掛詞である。葉を守る神がいなくなる月、という理屈が一語に収められている。本巻の第五百五十二首も初句に「神無月」を置いて、紅葉の散る景を詠んでいる。
四句「まばらになりぬ」は、葉が散って枝がまばらになってしまった、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。ここで切れる四句切れで、結句とは倒置の関係になる。
結句「森の柏木」は体言止めで、まばらになったものを最後に示す。「葉守」と「森」とで「もり」の音が重ねられている。神無月には神がいなくなるという通念に対し、葉を守る神もいないのだから葉が散るのは当然だという理屈を差し向けた歌である。
はもり:木の葉を守る神である葉守の神
かみなづき:陰暦十月の神無月に、葉守の「神」を掛ける
かしはぎ:柏の木
- 作者
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慶算
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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