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柴の戸に入り日の影はさしながら
いかに時雨るる山辺なるらん

歌の意味
柴の戸に夕日の光は差しているのに、どうして時雨が降る山辺なのだろう。
鑑賞
巻第六 冬歌 572

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 時雨を詠む一連の三首目である。柴の戸には夕日が差しているのに時雨が降るのを、どうしてなのかと不思議がる。詞書は前歌から続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は左京大夫藤原顕輔の子で、六条藤家の歌人として歌学書『袋草紙』『奥義抄』を著した。
 場面は夕日の差す初冬、場所は柴の戸の住まいのある山辺である。
 直接の契機は伝わらない。

 初句「柴の戸に」は、柴を編んで作った粗末な戸に、の意で、山の住まいを示す。
 二句「入り日の影は」は、沈みかけた日の光は、の意で、「影」は光をいう。
 三句「さしながら」の「ながら」は逆接で、差しているのに、の意となる。
 四句「いかに時雨るる」は、どうして時雨が降るのか、の意である。晴れ間にも降っては過ぎる時雨の性質を、日が差しているのに降るという不思議として捉えている。
 結句「山辺なるらん」は、山辺なのだろう、の意で、「らん」は原因を推量する助動詞であり、四句の「いかに」と呼応する。本巻の第五百七十首が晴れた高嶺と初時雨を詠んだのに続き、晴れと時雨の取り合わせが詠まれている。次歌の第五百七十三首も「柴の戸」と「時雨るる」の語を共有し、雲が晴れた後にも降る時雨を詠む。

しばのと:柴を編んで作った粗末な戸
いりひ:沈みかけている日
しぐる:時雨が降る
作者
藤原清輔
出典
新古今和歌集
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