- 歌の意味
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雲が晴れた後にも時雨が降る柴の戸であることよ。それは山風が払い落とす松の下露なのである。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 573
詞書「山家時雨といへる心を」
時雨を詠む一連の四首目である。雲が晴れた後も柴の戸に時雨が降るのは、山風が払い落とす松の下露であったと詠む。詞書によれば、「山家時雨」の題で詠まれた歌である。
作者は藤原為経(寂超)の子で、母は美福門院加賀であり、藤原定家の異父兄にあたる。肖像画である似絵の名手として知られた。
場面は雲の晴れた初冬、場所は松の立つ山の住まいである。
直接の契機は「山家時雨」(山家の時雨)の題による詠である。
初句「雲晴れて」は、雲が晴れて、の意で、時雨の雲が去ったことを示す。
二句「のちも時雨るる」は、その後もなお時雨が降る、の意である。前歌の「いかに時雨るる」と同じ動詞を受け、晴れているのに降る時雨という同じ不思議が詠まれる。
三句「柴の戸や」は、柴の戸であることよ、の意で、「や」は詠嘆である。前歌の初句「柴の戸に」と同じ語で、題の「山家」を示す。ここで切れる三句切れである。
四句「山風払ふ」は、山から吹く風が払い落とす、の意である。
結句「松の下露」は体言止めで、時雨と見えたものの正体を明かす。前歌が日差しの中の時雨をどうしてかと問うたままであったのに対し、この歌は松の枝から風に払われる露を時雨と見立てて答えを示しており、問いと答えのように並べられている。
したつゆ:木の下枝や葉から落ちる露
さんか:山の中の住まい
- 作者
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藤原隆信
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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