やよ時雨物思ふ袖のなかりせば
木の葉ののちに何を染めまし
- 歌の意味
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おい時雨よ、物思いに沈む袖がなかったならば、木の葉の後には、いったい何を染めるというのか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 580
詞書「時雨を」
時雨を詠む一連の十一首目である。時雨に呼びかけて、物思いをする袖がなかったならば、木の葉の後に何を染めることがあろうかと詠む。詞書によれば、時雨を題として詠まれた歌である。
作者は関白藤原忠通の子で、天台座主を四度務め、歴史書『愚管抄』を著した。
場面は木の葉の散った後の時雨の頃、場所は物思いをする人のもとである。
直接の契機は「時雨」の題による詠である。
初句「やよ時雨」の「やよ」は呼びかけの語で、時雨に直接呼びかけて切れる初句切れである。本巻の第五百五十四首が筏師に呼びかけたのに対し、ここでは人ならぬ時雨に向かって語りかけている。
二句「物思ふ袖の」は、物思いに沈む人の袖をいい、八音の字余りである。物思いの涙に染まった袖を指す。
三句「なかりせば」は、なかったならば、の意で、「せば」は結句の「まし」と呼応して反実仮想を表す。
四句「木の葉ののちに」は、木の葉の後に、の意である。時雨は木の葉を染めるものとされており、その木の葉が散り果てた後をいう。
結句「何を染めまし」は、何を染めようか、染めるものはないだろう、の意で、反実仮想の助動詞「まし」で結ぶ。時雨が木の葉を染めるという通念を受け、木の葉のなくなった冬にも時雨が降るのは、物思う人の袖を染めるためだという理屈を差し向けている。本巻の第五百七十七首が時雨も染めかねた槙の下葉を詠んだのに対し、この歌は時雨の染めるものとして袖を持ち出しており、前歌までの時雨に濡れる衣や袖を、濡れるだけでなく染められるものへと転じている。
ものおもふ:思い悩む
- 作者
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慈円
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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