世の中になほもふるかな時雨れつつ
雲間の月のいでやと思へど
- 歌の意味
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この世の中に、なおも生き永らえていることよ。時雨の降り続くなか、雲間から月が出るように、さあ世を出ようと思うけれど。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 583
詞書は前の歌に続き「題しらず」
時雨を詠む一連の十四首目である。時雨の降り続くなか、雲間から月が出るように世を出ようと思いながら、なおこの世に生き永らえていると嘆く。詞書は前歌から続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
作者は越前守大江雅致の娘で、和泉守橘道貞の妻となったことから和泉式部と呼ばれ、のちに中宮彰子に仕えた。
場面は時雨の降る夜、場所は雲間の月を望む所である。
直接の契機は伝わらない。
初句「世の中に」は、この世に、の意で、時雨の景に先立ち、身の上の嘆きから歌が始まる。
二句「なほもふるかな」の「ふる」には、世に「経る」意と、時雨の「降る」意が掛けられている。詠嘆の終助詞「かな」で切れる二句切れである。
三句「時雨れつつ」は、時雨が繰り返し降る意で、二句の「降る」を受けて時雨の景へと移る。本巻の第五百六十三首の初句と同じ語である。
四句「雲間の月の」は、雲の切れ間から現れる月をいう。時雨の雲の間から月が出るさまが、世を出ることの喩えとなっている。
結句「いでやと思へど」の「いで」には、月が「出で」る意と、世を出る意が掛けられている。「ど」は逆接の接続助詞で、そう思うけれど、の意となり、二句の「なほもふるかな」へ戻る倒置の形となる。時雨の景に世を経る身の嘆きを重ねた歌であり、次歌の第五百八十四首も時雨の空に物思いの袖を重ねている。
ふる:世を経る意と、時雨が降る意を掛ける
いづ:月が出る意と、世を出る意を掛ける
くもま:雲の切れ間
- 作者
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和泉式部
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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