折こそあれながめにかかる浮雲の
袖もひとつにうち時雨れつつ
- 歌の意味
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ほかに折もあろうに、物思いにふけって眺める空にかかる浮雲から時雨が降り、袖もその空とひとつになって、しきりに時雨れ続けている。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 584
詞書「百首歌奉りしに」
時雨を詠む一連の十五首目である。物思いにふけって眺める空の浮雲から時雨が降り、袖もそれとひとつになって時雨れ続けると詠む。詞書によれば、百首歌を奉った折の歌である。
作者は源頼政の娘で、二条天皇に女房として仕えた。
場面は時雨の降る初冬、場所は物思いに空を眺める所である。
直接の契機は百首歌の詠進である。詞書には、どの催しでの百首であるかは記されていない。
初句「折こそあれ」は、ほかに折もあろうに、よりによってこの時に、の意である。係助詞「こそ」を受けて已然形「あれ」で結び、逆接的に下へ続く。本巻の第五百六十八首の初句「時しもあれ」と同じ趣の言い出しである。
二句「ながめにかかる」の「ながめ」には、物思いにふけって見やる「眺め」の意と、「長雨」の意が掛けられている。「長雨」は時雨の縁語となる。
三句「浮雲の」は、空に浮かんで漂う雲をいう。
四句「袖もひとつに」は、袖も空の雲とひとつになって、の意である。雲が時雨を降らせるように、袖も物思いの涙に濡れることをいう。
結句「うち時雨れつつ」は、しきりに時雨が降り続く意で、「うち」は語調を強める接頭語、「つつ」は継続を表す。空の時雨と袖の涙とを一つの動詞で言いとめている。前歌が時雨の空の月に世を出る思いを重ねたのに対し、この歌は時雨の空に物思いの涙を重ねており、時雨の景を身の上に引き寄せる歌が続いている。
ながめ:物思いにふけって見やる意の「眺め」と、「長雨」の意を掛ける
うきぐも:空に浮かんで漂う雲
しぐる:時雨が降る
- 作者
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二条院讃岐
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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