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紅葉葉を何惜しみけん木の間より
漏りくる月は今宵こそ見れ

歌の意味
紅葉が散るのを、どうして惜しんだのだろう。木の間から漏れてくる月の光は、今宵こそ見ることができる。
鑑賞
巻第六 冬歌 592

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 冬の月を詠む一連の二首目である。紅葉が散って木の間から月の光が漏れてくるのを見て、紅葉を惜しんだのはなぜだったのかと詠む。詞書は前歌から続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は村上天皇の皇子で、中務卿を務め、後中書王と呼ばれた。詩歌や学問に優れた。
 場面は紅葉の散った冬の夜、場所は木々の間から月の見える所である。
 直接の契機は伝わらない。

 初句「紅葉葉を」は、紅葉した葉を、の意で、散ってしまった紅葉を指す。
 二句「何惜しみけん」は、どうして惜しんだのだろう、の意で、「けん」は過去の事柄の理由を推し量る助動詞である。ここで切れる二句切れである。
 三句「木の間より」は、木々の間から、の意である。
 四句「漏りくる月は」は、漏れてくる月の光は、の意である。紅葉の茂っていた時には隠れていた月が、葉の散った木の間から漏れてくる。
 結句「今宵こそ見れ」は、係助詞「こそ」を受けて已然形「見れ」で結ぶ係り結びで、今宵こそ見ることだ、の意となる。散る紅葉を惜しんだ過去の思いを、紅葉が散ったからこそ見える月によって打ち消しており、失われたものの代わりに得られたものに目を向ける歌である。前歌で山おろしに吹き下ろされた紅葉が、この歌では散った後の木の間の月をもたらしている。

このま:木と木の間
作者
具平親王
出典
新古今和歌集
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