今よりは木の葉隠れもなけれども
時雨に残るむら雲の月
- 歌の意味
-
今からは木の葉に隠れることもないけれども、時雨の過ぎた後に残るむら雲にかかる月であることよ。
- 鑑賞
-
巻第六 冬歌 597
詞書「千五百番歌合に」
冬の月を詠む一連の七首目である。木の葉が散って、今からは木の葉に隠れることもないが、時雨の後に残るむら雲が月にかかると詠む。詞書によれば、千五百番歌合で詠まれた歌である。
作者は源師光の子で、後鳥羽院宮内卿の兄にあたり、後鳥羽院の和歌所の寄人を務めた。
場面は木の葉の散り果てた冬の夜、場所は月を仰ぐ所である。
直接の契機は、後鳥羽院が催した千五百番歌合での詠である。
初句「今よりは」は、木の葉の散り尽くした今からは、の意である。
二句「木の葉隠れも」は、木の葉に隠れることも、の意である。本巻の第五百九十三首が「木の葉曇らで」と詠んだのを受け、木の葉に遮られなくなった月をいう。
三句「なけれども」の「ども」は逆接の接続助詞で、ないけれども、の意となる。
四句「時雨に残る」は、時雨が過ぎた後に残る、の意で、結句の「むら雲」にかかる。
結句「むら雲の月」は体言止めで、むら雲のかかる月をいう。木の葉という隠すものが失われても、今度は時雨のむら雲が月を隠すという、隠すものの移り変わりを詠んでいる。前歌の三句「むら雲に」を受けて「むら雲」の語が続き、木の葉の散った後の月もなお曇りがちであることを示している。
このはがくれ:木の葉の陰に隠れること
むらくも:群がり集まって浮かぶ雲
- 作者
-
源具親
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-