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晴れ曇る影を都にさきだてて
時雨ると告ぐる山の端の月

歌の意味
晴れたり曇ったりする光を先に都へ届けて、山ではもう時雨れていると告げる山の端の月よ。
鑑賞
巻第六 冬歌 598

詞書「題しらず」
 冬の月を詠む一連の八首目である。晴れたり曇ったりする光を先に都へ届けて、山では時雨れていると告げる山の端の月を詠む。詞書は題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は原文に記されず、前歌から続いて源具親である。源師光の子で、後鳥羽院宮内卿の兄にあたり、後鳥羽院の和歌所の寄人を務めた。
 場面は時雨の近づく冬の夜、場所は山の端の月を望む都である。
 直接の契機は伝わらない。
 なお本文は結句を「山の葉の月」と表記するが、山の稜線をいう「山の端」の意であり、ここでは「山の端」と表記する。

 初句「晴れ曇る」は、晴れたり曇ったりする、の意で、二句の「影」にかかる。本巻の第五百八十六首の初句「晴れ曇り」と同じく、時雨の空の移り変わりを示す。
 二句「影を都に」の「影」は月の光をいう。
 三句「さきだてて」は、先に行かせて、先に届けて、の意である。時雨が都に至るより前に、晴れ曇りする月の光を都に送るという擬人化である。
 四句「時雨ると告ぐる」は、時雨れていると告げる、の意である。山の月の光が晴れたり曇ったりすることが、山で時雨の降っている知らせとなる。
 結句「山の端の月」は体言止めで、知らせを告げる月を最後に示す。本巻の第五百八十五首が生駒の岳にかかる雲から里の時雨を推し量ったのに対し、この歌は都にいて山の端の月の明滅から山の時雨を知っており、見えるものから見えない時雨を知る趣向を月の光によって詠んでいる。

やまのは:空と接する山の稜線
さきだつ:先に行かせる、先に届ける
つぐ:知らせる
作者
源具親
出典
新古今和歌集
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