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小倉山麓の里に木の葉散れば
梢に晴るる月を見るかな

歌の意味
小倉山の麓の里に木の葉が散ると、梢の間に晴れ晴れと現れる月を見ることだ。
鑑賞
巻第六 冬歌 603

詞書は前の歌に続き「題しらず」
 冬の月を詠む一連の十三首目である。小倉山の麓の里に木の葉が散ったので、葉の落ちた梢の間に月が晴れやかに見えると詠む。詞書は前歌から続き題しらずで、詠まれた事情は記されていない。
 作者は俗名を佐藤義清といい、鳥羽院の北面の武士であったが、二十三歳で出家して諸国を旅し、家集『山家集』を残した。
 場面は木の葉の散った冬の夜、場所は山城国の小倉山の麓の里である。
 直接の契機は伝わらない。

 初句「小倉山」は山城国の歌枕で、今の京都市右京区嵯峨にあり、大井川を挟んで嵐山と向かい合う山である。紅葉の名所として知られる。
 二句「麓の里に」は、小倉山の麓にある里に、の意である。
 三句「木の葉散れば」は、木の葉が散ると、の意で、六音の字余りである。「ば」は已然形に付く確定条件である。
 四句「梢に晴るる」は、梢の間に晴れ晴れと見える、の意である。葉の茂っていた梢が、散った後には月を遮らなくなる。
 結句「月を見るかな」は、詠嘆の終助詞「かな」で結ぶ。本巻の第五百九十二首が木の間から漏れる月を詠み、第五百九十三首が木の葉に曇らない月を思い描いたのに続き、この歌も木の葉が散ったことで晴れやかに見える月を詠んでおり、落葉と月の取り合わせが繰り返されている。前歌の紅葉に置く霜の朝から、紅葉の散った後の夜の月へと戻っている。

こずゑ:木の枝の先
作者
西行
出典
新古今和歌集
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